蒼き狼 井上靖

アジアの生んだ一代の英雄、鉄木真(テムジン)・成吉思汗(ジンギスカン
の生涯を描いた長編小説だ。(テムジンがやがてモンゴルの汗となりジンギスカンとなる)
井上靖歴史小説の代表作のひとつといってよい。

この小説を好戦的な侵略者の成功物語と考えるのは全くの間違いだ。
モンゴルの男は狼にならなければならない。狼になることによってしか
自分がモンゴルの男であることを証明するすべはない。
小説では、メルキト族に母が略奪されて後、自分が生まれたことを知り
テムジンが、このように、思い定めるシーンがでてくる。

そして、皮肉なことに、長男ジュチも妻が他部族に略奪され奪還されてすぐに生まれる。
「俺は狼になるだろう。お前も狼になれ」
テムジンは生まれたばかりのジュチにそう呼びかける。
ジュチは苦難を苦難とも思わない逞しい若き狼に育っていく。
「モンゴルの狼は、崖が高い故にその崖を飛ばないであろうか。谷深き故に、谷には
分け入らないであろうか、可汗はジュチとジュチに属する何万かの兵たちを、
崖を飛ばしめ、谷へ分け入らしめよ」
大国ホラズム侵攻について、意見をきかれ、ジュチは、こう言い放つ。
この局面は、これまで築き上げたものすべてを失うかもしれない挑戦に対して
妻、愛妃、重臣たちに意見をきいているときのものだ。

この長編小説は「蒼き狼」の末裔としての誇りを持ち続け、未知への挑戦をし続けた
男たちの物語として読めるのではなかろうか。

蒼き狼 (新潮文庫)

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