春秋の監 獄医立花登手控え 藤沢周平

藤沢周平の青春ものの傑作シリーズだ。
蝉しぐれなど、少年からの成長物語の名作もあるが、
こちらは、江戸小伝馬町に勤める青年医師立花登が
毎回事件と遭遇するという連作で、全4巻の構成と
なっている。
おじの家に世話になって医術修行をする登は、
起倒流柔術鴨井道場の高弟でもある。
道場の友人新谷弥助、おじの娘おちえ、その友人の娘たち
などに加えて、毎回人間模様が展開される。
その小説のつくりは、さすが名匠藤沢周平と唸ってしまう。
引き込まれるように読み進めさせられてしまうのだ。


かつては秀才、いまや呑み助の中年医師となったおじ
口やかましいおば、当初は生意気な娘だったおちえ、
悪女につかまってしまう新谷などとのやりとりも
面白い。

起倒流柔術の技を繰り出す決闘シーンもさすがの迫力だ。

漱石の「坊ちゃん」との類似性をあげる人もいるが
そういう面は確かにあるように思う。
坊ちゃんよりは、はるかに世情に揉まれているが、
好漢立花登は、敢然と悪に立ち向かっていく。
随所にユーモラスな場面も男と女のいい場面も
織り交ぜられている。

そして、最後の章で、次のような感慨をもって、登は
大阪に旅立つのである。
「何かがいま終るところだと思った。おちえ、おあき、
みきなどがかたわらにうろちょろし、どこか猥雑で
そのくせうきうきと楽しかった日々。つぎつぎと立ち現れて来る
悪に、精魂をつぎこんで対決したあのとき、このとき。」
「ひとそれぞれの、もはや交わることのない道を歩む季節が
来たのだ。」