空海の風景 司馬遼太郎

唐の都にして国際都市、長安と、日本の生んだ天才空海
この取り合わせはなんと魅力的であろうか。
当時の中国は、西域との通商もさかんで、紅毛碧眼の人種が長安の街路を
行きかっていた。その服装も色鮮やかで、きらびやかな宝飾品も女性を着飾っていたはずだ。
語学の天才空海は、中国語はかなり堪能だったらしいから、すぐに漢民族とは交流
しただろうし、ペルシア人、インド人とも何らかのコミュニケーションを
とっていたにちがいない。
この小説も、空海が唐へ渡るあたりから、俄然面白くなる。
遣唐使船が福州の浜に流れ着き、上陸を認められず、一行が
難儀しているのを、空海が、その優れた文章によって、唐の官吏を動かして
解決していく場面は痛快この上ない。
やがて、不空三蔵の密教の正系を伝承している唯一の僧、恵果和尚と出会い
一千人といわれた門人を差し置いて、真言密教の正嫡となったことも劇的だ。
日本という小さな島国に生まれた思想界の巨人は、中華大陸に渡って、かの地の
才人たちとの交流のなかで、のびのびとその才能を開花させたにちがいない。
日本からやってきて、詩文を操り、書をかかせれば達筆なアーティストとして
長安の文化サロンの人々とは、どのようなやりとりをしたのだろうか。
日本に帰り、往時の長安を思い出すとき、空海は何を思ったのだろう。

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

長安時代の空海が登場する小説は、夢枕獏が「沙門空海唐の国にて鬼と
宴す」を書いている。玄宗皇帝、楊貴妃阿倍仲麻呂
登場し、空海の友人役として橘逸勢が配されている。作者会心の伝奇小説だ。また、陳舜臣に、「曼荼羅の人 空海求法伝」という作品もある。
こちらも、唐における空海をいきいきと描いている。
曼陀羅の人〈下〉―空海求法伝

曼陀羅の人〈下〉―空海求法伝